20130504Fuji1

エクセルのグラフで学ぶ気象学0045


空気塊に作用する浮力と大気の安定性

 流体中に入れられた物体には、その物体が排除した流体に作用する重力分の上向きの力が作用する。なぜならば、その物体が流体に入れられる前に、そこに存在した流体には重力が作用していたが、その流体が静止していたのは、流体に働く重力と浮力とが釣り合っていた(静力学平衡の状態にあった)からである。これがアルキメデスの原理が教える浮力である。ここで、物体の密度は流体の密度とは一般に異なり、物体に働く重力から浮力を差し引いた力が、その物体に働く正味の重力となる。

 この関係を式で書くと、以下のようになる。

Buoyancy1.jpg"

 ここで、F.jpg"は流体中の物体に作用する正味の力、m.jpg"はその物体の質量、ro0.jpg"はその物体の密度、rof.jpg"は流体の密度である。g.jpg"は重力加速度、g_prime.jpg"は浮力分が差し引かれた正味重力で、低減重力(reduced gravity)と呼ばれる。

 浮力を扱う際には、浮力が働く上向きを正の加速度とするため、重力加速度の値としては負の値のg3.jpg"が用いられる。そして、F.jpg"が負の場合は、下向きの力が作用して物体は沈降し、F.jpg"が正の場合は、上向きの力が作用して物体は上昇する。F.jpg"が0の時は、中立浮力(neutral buoyant)、あるいはゼロ浮力の状態と呼ばれ、それまでの運動が継続する。すなわち上昇している空気塊は上昇を続け、沈降している空気塊は沈降を続ける。

 ここで、以下に示す理想気体の状態方程式を用いて、前の式から物体と流体の密度を消去する。

Buoyancy2.jpg"

 ここで、Tv.jpg"は仮温度である。式の展開を下に示した。下に示した式中、流体の仮温度には環境(enviroment)を示す添え字e.jpg"を、物体の仮温度には空気塊(air parcel)を示す添え字p2.jpg"を付けている。仮温度の単位は絶対温度である。これらの仮温度は、同じ高度にある空気塊と周囲の空気の値を用いて計算する。

Buoyancy3.jpg"

 なお、湿度が低いときは、仮温度の代わりに温度を使用しても誤差は小さい。上の式から、周囲の温度より空気塊の温度が高い場合は、分子が負になり、負の重力加速度との積が正となるため、上向きの力、つまり浮力が作用することから、空気塊は上昇していく。

 ここで導いた式を用いて、周囲の気温が15 ℃のところに、温度が20 ℃の空気塊が入り込んだ場合に、空気塊に働く上昇加速度を計算してみよう。湿度が小さいとして、仮温度の代わりに温度を用いると、以下の結果が得られる。

Buoyancy6.jpg"

 このような条件では、重力加速度の1/50程度のゆっくりとした加速度を得て空気塊が上昇していくことが分かる。

 空気塊が上昇すると、その空気塊が水蒸気で飽和していなければ乾燥断熱減率にしたがって温度が低下する。ここで、周囲の温度T0.jpg"と同一温度の空気塊が断熱的に高さdeltaz.jpg"だけ上昇したときの浮力を考える。乾燥断熱減率をGamma_d.jpg"とすると、この断熱上昇によって空気塊の温度は以下のように低下する。

Tp.jpg"

 一方、周囲の大気の温度は状態曲線に示されるように変化するが、ここで以下に示す割合で周囲の大気温度が低下しているものとする。

Gamma.jpg"

 すると、deltaz.jpg"だけ空気塊が上昇したとき、周囲の大気の温度は以下にように変化している。

Te.jpg"

 これらの式を、低減重力の計算式に代入すると、

Buoyancy7.jpg"

 となる。ここで、空気塊が単位ジオポテンシャルだけ移動した際に、空気塊が受ける下向きの加速度として、静的安定度(大気安定度)sz.jpg"を以下のように定義する。

Buoyancy8.jpg"

 すると、静的安定度は、

Buoyancy9.jpg"

 この式は、空気塊が水蒸気で飽和していない間は、周囲の大気の温度の減率が乾燥断熱減率より大きければ、静的安定度が負となり不安定、等しい場合に静的安定度が0で中立、小さい場合に静的安定度が正となり安定ということを示している。なお、空気塊が水蒸気で飽和しているときは、周囲の大気の温度の減率と湿潤断熱減率との大小で静的安定度を評価することになる。

 大気の気温減率Gamma_small.jpg"が湿潤断熱減率Gamma_s.jpg"より小さければ、大気は絶対安定とされる。一方、大気の気温減率Gamma_small.jpg"が乾燥断熱減率Gamma_d.jpg"より大きければ、大気は絶対不安定とされる。大気の気温減率Gamma_small.jpg"が湿潤断熱減率Gamma_s.jpg"より大きく、かつ乾燥断熱減率Gamma_d.jpg"より小さければ、大気は条件付き不安定とされる。これは、大気が水蒸気で飽和していなければ安定、水蒸気で飽和していれば不安定な状態である。

 実際の状態曲線と乾燥断熱線と湿潤断熱線の相互関係を調べてみた。下の図は4月16日の稚内の状態曲線を黒い線で、地上の温度7度に対応する乾燥断熱線と湿潤断熱線を赤い線で描いたものである。

Buoyancy_Wakkanai0416.jpg"
 稚内では、地上から800 hPaまでは水蒸気で飽和しているが、気温減率は湿潤断熱減率より小さくなっていることから、絶対安定の安定した気層であることが分かる。翌17日の状態線図を以下に示す。

Buoyancy_Wakkanai0417.jpg"
 この状態線図によると、稚内の上空では、700 hPaより上空の気層の温度はあまり変化せず、それより下層の温度が低下したことを示している。下層は水蒸気で飽和しており、天気は雨である。地上から830 hPa付近までは、気温減率と湿潤断熱線の傾きはほぼ一致しているが、この部分の大気は相対湿度は高いものの、水蒸気で飽和してはおらず、大気は安定な状態にあるものとみられる。

 次に示すのは、4月16日の名瀬の状態線図に、1000 hPaで21度の乾燥断熱線と湿潤断熱線を描いたものである。地上から600 hPaまでは、大気はほとんど飽和している。大気の気温減率は、乾燥断熱線と湿潤断熱線との間に位置している。そのため、大気は不安定な状態にあり、上昇気流が発生しているものと考えられる。

Buoyancy_Naze0416.jpg"
(2011.4.17)
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