訳者の私的画像集66


会議バッグコレクション2 AFTE2006スプリングフィールド大会

 AFTEも年会のたびに豪華なサッチェル バッグ(stachel bag)を参加登録者に配っていた時期があった。その頃は、今年は、どんなバッグを手にすることができるだろうとの期待感も、会議に出席する動機づけになっていたと思う。最近の節約志向の高まりで、あまり豪華なバッグが配られることはなくなった。

 しっかりとしたバッグが配られていた理由の一つに、以前は荷物が重くて多くなる傾向があったことが挙げられる。一昔前のAFTEの会議では、あるものが大量に配布されていたのである。そのあるものを手に入れることが、毎年AFTEの会議に出席する理由の一つにまでなっていた。そのあるものとは、銃器と実包のカタログ類である。

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 銃器鑑定では、銃器や実包の諸元データーや外観形状のデーターを入手することがきわめて重要である。ゴダードらの設立した砲弾道局が素晴らしかった点は、(カルヴィン・H・ゴダードが語る発射痕鑑定の歴史)で紹介されているように、C.E.ウェイトが収集した、膨大な量の銃器、弾丸、実包類のサンプルやカタログ類が揃っていたからである。他の法科学分野では、定評と権威のある文献を参照することが、鑑定や研究の価値を高めるものとなっていいるが、銃器鑑定では、データーや知識を教えてもらえる知人がどれだけいるかが鑑定能力を決める重要なファクターとなっていた。知らないものの鑑定はできないのである。

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 拳銃所持が可能なアメリカでも、多くのカタログを収集することは、以前はそれほど容易なことではなかった。そのため、会員の便宜のために、メーカの協力を得て収集したカタログ類が、会議バッグと一緒に配布されていたのである。そのため、会議に出席すれば、最新の製品のカタログをいち早く目にすることができた。

 当時は、海外の会員のみならず、アメリカ国内の会員であっても、会議バッグとそれらのカタログ類を大変ありがたがっていた。さらに、追加のカタログ類や、製品安全データシートなどが会議途中に配布され、荷物は次第に重くなっていった。それらの荷物を収納するためには、しっかりとした会議バッグを必要としたのである。

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 ところが、そのような環境はインターネットの普及によって一変した。以前は日本国内で所持が禁止されている拳銃のカタログを販売店などで入手することは難しかった。渋谷の洋書店などで、ガンダイジェストを購入するのが、その代替手段であったと思う。現在ではインターネットを通じて、いとも簡単に最新のカタログを入手することができる。収集家のサイトでは、古いカタログも見られるだろう。

 一方、紙のカタログはかさばり、後になって探そうとすると、目的のものがなかなか見つけられないことに気づかされる。その点、電子化データーは検索も容易である。

 そんなことから、AFTEでも数年前の年会から、銃器や実包類のカタログはほとんど配布されなくなった。荷物は少なくなり、しっかりとした会議バッグも必要なくなってしまった。

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 ここで紹介する会議バッグは、しっかりとしたバッグの最後のもので、2006年のコネチカット州スプリングフィールドで開催された大会の際に配布されたものである。

 黒い合成皮革(Koskin)のサッチェルバッグ(Zippered Notepad Portfolioで、正面にAFTEのシールが白でプリントされている。その正面の部分のファスナーを開けると、名刺入れ、ペンホルダー、物入れポケットなどが現れる。

 バッグの裏側には、薄い書類を挟むことのできるポケットが付いていた。

 バッグの質量は1.4 kgもあり、バッグの幅は38 cm、高さ 28 cm、厚さ10 cmである。

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 バッグを開くと、三つ穴のファイルホルダーが中央にある。ここには、この年のAFTEのプログラム兼講演予稿集が綴られていた。このフォルダーはベルクロテープで鞄本体に取り付けられているので、ファイルフォルダーごと講演予稿集は取り外せた。そのため、講演予稿集を取り外して持ち歩いている人が多かった。

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 左上のポケットはCD入れで、4枚のCDポケットが付いていた。左側にはその他にペンホルダー3本と小物入れポケットが2つある。

 鞄の中には、肩掛けベルトが入っており、レターサイズのメモ用紙が挟まれていた。ボールペンも1本ついていた。

 名称が示すように、本来はノートパソコンを収納して持ち歩くカバンで、しっかりとしている代わりに重い。

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 このように、会議バッグとしては至れり尽くせりのアイテムが付属していたが、会員の間の評判は今一つのように感じられた。会議の間、この鞄を開いて机の上において聴講し、メモを取るにしては、かさばりすぎる。会議場の机が狭い。物を収納するスペースが限られている、などがその理由だと思われた。

 会議が終了した後に、普通の鞄としての使い勝手も良くないと思われた。重いことから、歩いて持ち運ぶのは大変そうだ。アメリカは車社会だが、車を降りた後はやはり持ち運ばなければならない。A4のノートパソコン(ラップトップ)を持っていて、それに合う鞄の購入を節約した人にはありがたかったかもしれない。

 配布された会議バッグは、会議の期間中ずっと持ち歩いている人が多いものだが、このバッグを持ち歩いている人の数は次第に減少し、少数派となっていた。

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 デブコバッグの製品で、中国製であった。現在も、このPL600はデブコバッグのウエッブサイトで注文を受けている。500個まとめて注文した場合、正面に1か所マークをプリントした場合の価格は、1個当たり23.48ドルとなっていた。

(2011.6.23) 

 
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