訳者の私的画像集80


ブラック・ハッチャー

 銃器鑑定分野で圧倒的な存在感を誇る書籍が何冊かある。それらの書籍の価値は数十年以上を経ても一切変化していない。カルヴィン・ゴダードが推奨している本はそれらの本である(カルヴィン・H・ゴダードが語る発射痕鑑定の歴史(13)銃器鑑識の必読書)。そこでは5冊の本が紹介されているが、そのうちの2冊はフランス語で書かれていることもあるが、入手はなかなか難しいようである。

 ここでゴダードが5番目にリストしているハッチャーの本は、発射痕鑑定だけでなく、銃器鑑定全般について解説されており、この分野で仕事をする者にとっての必読書である。1935年に出版されていることから内容が少し古くなっているとはいえ、この世界における必読書の座は現在でも、いや永遠に変わらないのではないかと思われる。銃器鑑識の分野では、古い銃器や実包類に対する知識も要求され、古い時代に書かれた書籍の価値はかえって高まるともいえる。

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 ハッチャーの銃器鑑識の教科書の題名はTextbook of Firearms Investigation, Identification and Evidence.である。「銃器捜査、鑑識と証拠の教科書」とでも訳せるだろうか。1957年にフランク・ジュリー(Frank J. Jury)とジャック・ウェラー(Jac Weller)が、このハッチャーの教科書の改訂版を出しているが、その書名はFirearms Investigation, Identification and Evidence.で、題名から教科書(テキストブック)の部分が消えている。この本はジュリーとウェラーが、ハッチャーの原書の古くなった部分を削って、若干書き直したものであるが、ジュリーとウェラーの名前は有名にならず、ハッチャーの本と呼ばれている。この本は、現在リプリント版が容易に入手できる。

 改訂版は出たものの、ハッチャーの原書の方の人気はむしろ高まった。それは、ここで紹介する黒いハードカバーの分厚い書籍で、「ブラック・ハッチャー」の愛称で呼ばれた。このブラック・ハッチャーを書棚に置くことは、銃器鑑識の世界に身を置くものにとってステータス・シンボルの一つとなった。ただ、希少本で、ほしくても高価でなかなか入手できなかった。

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 訳者も、意を決して、ついにブラック・ハッチャーを購入したが、それはそろそろ引退して、この世界から身を引くころであった。アメリカで購入し、心躍らせて日本に持ち帰った。ただ、訳者の周囲にこの本の価値を知るものははおらず、自慢できるわけでもなかった。

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 改訂版の方は、この世界に入ってすぐに読み始め、1年がかりで読み上げた。今から40年ほど前のことになる。その時は、改訂版が出版されて20年ぐらい経過していた。ハッチャーの原書が出版されてから約40年が経過していたことになる。

 ハッチャーは、何冊も厚い本を著しているが、どの本にも貴重なデーター、図、写真が多く含まれている。このブラック・ハッチャーには、ハッチャー自らが描いた、詳細なスケッチが多く含まれており、そのスケッチの的確さ、詳細さのどれをとっても、とてもかなうものではない。

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 写真も素晴らしい。1930年代に、弾丸のクローズアップのこれだけの写真を撮影しているのだ。この写真の素晴らしさは、弾丸の写真の撮影に苦労した者でなければ分からないところがある。

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 ブラック・ハッチャーの後半はTextbook of PISTOLS and REVOLVERS Their Ammunition, Ballistics and Useとなっている。すなわちブラック・ハッチャーは銃器捜査・鑑識の教科書と拳銃と実包及び弾道の教科書の合本なのだ。拳銃の写真も実にすばらしいものである。現在で、カラーの美しい拳銃写真があふれているが、この時代にこれだけの写真は少なかったはずである。

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 すでに引退して、ブラック・ハッチャーは書棚に飾られていることが多い。眺めながら、よくもこれだけ厚い本が書けたものと感心するばかりである。前半の鑑識分野が342ページ、後半の拳銃と実包分野が533ページで、合計875ページとなっている。まさに分厚い一冊である。  チャーリーは85歳を過ぎて、このような書籍をアンディー・スミスに低価格で譲ったという。いつかは価値の分かる人の譲ることになるのだろう。

(2011.9.12)

 
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