訳者の私的画像集79


銃器犯罪解決のために重要な13ステップの業務

 ここに紹介する書籍は、AFTE2011シカゴ大会で入手したものである。この本は、IBISの開発販売企業であるフォレンシック・テクノロジー社(以下、FT社)の上級副社長のピート・ガグリアルディ(Pete Gagliardi)が著したもので、IBIS-NIBINを中心に据えた、新たな銃器犯罪捜査法の啓発図書である。IBISを前提とした銃器鑑識手法のテキストがついに出現したことに感慨を覚える。

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 1990年代初めに、ブレットプルーフを引っ提げて、銃器鑑識界に突如現れたFT社は、当初これで銃器犯罪が一挙に解決できるがごとく語ってきた。発砲事件の件数が日本などと比べて圧倒的に多いアメリカやブラジルなどでは、手作業による鑑定作業で解決できる事件が少ないことは確実である。ところが、発砲事件件数の少ない日本でも、その鑑定作業が事件解決の最大のネックとなっていないにもかかわらず、発砲事件の解決率ははかばかしくなかった。発射痕鑑定だけで発砲事件が解決できるわけではないからである。

 著者は、ATFのニューヨーク事務所を退職してFT社の副社長に就任したという。ATFは、銃器の所持規制に強い役所である。銃器犯罪を減らすには、違法所持銃器を減らすことがもっとも大切な方策であり、それはATFが得意とする分野である。一方、発砲事件の容疑者を捕まえても、発砲事実を証明できなければ、容疑者に重い罪を課すことはできない。そこで重要となるのは、発射痕鑑定である。それはFBIが得意とする分野である。IBISがFBIではなく、ATFの協力を仰いで全米に普及させたことの違和感は。どうしてもぬぐえない。

 IBISがアメリカの銃器鑑識界に本格的に導入され、それがNIBINというネットワークに載ってから10年が経過し、多くのデーターが集積されたことから、事件解決のための方法論がこの本に集大成されている。当初、成果が上がらなくても、それを踏まえて改良努力することによって、成果が上がるようになった例が紹介されている。IBISを導入したトリニダード・トバコでは、導入後の最初の26か月間に、たった11件の事件しか解決できず、コストパーフォーマンスが問題となったという、それがIBISの操作能力の高い職員の採用と業務の改善によって、次の10か月で約300件の事件を解決できたという力強い話である。IBIS画像は、誰でも適切に取り扱うことができるわけではないことがこの例から分かるというものだ。

 銃器には内側(inside)と外側(outside)の情報があるという。内側の情報とは発射痕情報のことを指す。外側の情報は、銃名、モデル名、銃番号のほか、銃の外表面に付けられている指紋とDNAがその代表的なものだ。この分類は、従来の銃器鑑識テキストに書かれていないことだ。

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 本書は、銃器犯罪の捜査について、よく研究され、よく書かれている。しかし、IBISの効用を強調したいがために、読者に誤った期待を持たせる書き方が見られる。発射痕が合っても(ヒットしても)、犯人に近づくことはできないということだ。それなのに、発砲事件の現場遺留弾丸、薬きょうをIBISに即座に登録すれば、事件解決が早まるような期待を持たせる書き方がされている。一連の発砲事件で同じ銃器が使用されていることが逐一証明されても、それで犯人を捕まえることはできない。犯人を銃器とともに抑えることができた後、その犯人の罪を証明する上で発射痕の鑑定結果は役立つが、同じ銃器を使用した発砲事件が連続していることと、その犯人を捕まえることとは別問題である。もし、犯人を捕まえることができたとしたら、いずれかの事件で防犯カメラの画像から分かるとか、目撃証言からわかるとか、遺留DNAから分かるとか、いろいろな状況があるだろうが、発射痕から犯人が割れることはない。

 結局、発射痕鑑定は銃器犯罪捜査においては裏方であり、犯人が捕まらなければ、その仕事が日の目を見ることはほとんどないのである。ところが、発射痕自動鑑定装置を開発販売しているFT社としては、IBISが犯人逮捕に重要な役割を果たせるように、どうしても主張しがちである。

 IBISの発射痕鑑定能力に異議を唱えるものではなく、それを用いれば、発射痕鑑定が迅速にこなせるようになるだろう。また、その他の多くの議論はよく書かれている。銃器に付着しているDNAの重要性は主張のとおりだが、これも銃器が出てこなければ役に立たない技術である。

 医療費が高額なアメリカでは、銃器犯罪が治療費や埋葬料などで地域に大きな負担をかけている、との日本ではあまり議論されないことが紹介されていた。一人の被害者の治療費に数百万円かかり、被害者はそれを負担できずに税金で賄われること。発砲事件の被害者が多いと、ERの正常な運用が難しくなること、被害者の家族が貧困だと、埋葬料も税金の負担となることなどが紹介されていた。

   盗難拳銃が犯罪に使用されるので、銃器購入者は自主的に打ち殻薬きょうを保管しておき、盗難にあった際にはその打ち殻薬きょうを提出させること、警察官の拳銃の発射痕も登録させることなどが提案されている。それらの発射痕をIBISに登録すれば、それらが使用されたことが分かる寸法だ。これの登録作業で、IBISの負荷を増加させることができ、IBISの販売実績向上に役立つかもしれない。ただ、それらの発射痕を登録しても、直接犯人に結び付ける情報は得られない。少なくとも、銃器を最初に購入した人物が特定できるアメリカであっても、発射痕から特定の個人に至ることはない。違法所持銃器が犯罪に使用されているからである。

 この作業による鑑定部門の負荷を分散させるため、試射薬きょうの採取は警察官や銃器購入者へと分散させるという方策まで提案されている。

 かって、全米がNIBINというネットワークで結ばれたとき、どんなに離れた場所で行われた犯罪であっても、同じ銃器が使用されればそれを突き止めることができる、と宣伝された。本書では、これまでの銃器犯罪の実態に合わせて、銃器犯罪は地域に限定された犯罪であるという視点となっている。銃器犯罪データーベースによる検索で、隣接した地域の犯罪から検索をかけると効果が高い、とのこの世界の常識と合わせられていた。

 本書の末尾には、最も重要なことがまとめられている。まず、本書で紹介した銃器犯罪解決のために重要な13ステップの要約が掲げられている。そして最後に、著者の主張として、技術革新(イノベーション)が最も必要である説いている。イノベーションを遂げるには、技術の進歩、改良、変革、近代化に対する強い意思が必要である。この気概がなくては、我々の社会を安全ですみやすい場所にすることはできないとのことである。 (2011.9.11)

 
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